先日行われた2014年凱旋門賞は、日本から3頭の有力馬(ハープスター、ジャスタウェイ、ゴールドシップ)が初優勝を目指すべく挑戦したが、またしても欧州勢の厚い壁に跳ね返されてしまった。力が足りない、適性(距離、馬場)が向かない、ローテーションが悪い、騎手のミス等々、観る者によって様々な敗因を考えうるだろうが、いずれも一定程度的を射ているのではないかと思う。

 結果に悔いはないと言った騎手もいたが、ここ数年、毎年のようにそれなりに実績のある挑戦馬を送り込んで、積み重ねた2着は4回となり、既に凱旋門賞は参加するだけで意義があるというレースではないはずだ。馬の力を出し切るために折り合いが重要であることは言うまでもないが、後方から(特に大外を回った2頭は、)小細工なしの横綱競馬をして勝てるほど楽な相手関係ではない。そもそも、能力の差を縮めるために、欧州の馬場に適応させる時間も必要だったのではないか。関係者にはしっかり考えて、次に繋げて頂きたい。

 近年、凱旋門賞はスポーツ番組中に生中継でTV放映され、3冠馬のオルフェーヴルやディープインパクトでも勝てなかった世界最高峰のレースとして紹介されるなど、その注目度を増している。挑戦と挫折を繰り返してきた競馬界関係者にとっても、このレースの勝利は悲願となっている。しかし、これを勝たなければ日本競馬が後進であるというわけでもない。ドバイワールドカップをヴィクトワールピサが優勝したことはまだ記憶に新しいが、他の海外G1でも日本馬は海外の強豪に伍する能力を見せている。

 凱旋門賞においても、日本においては超一流馬とは言えないナカヤマフェスタが2着したことがある。このことから、適性や条件が向けば、3冠馬のような馬でなくとも勝てる可能性もあるだろう(このような勝利でも個人的には喜ばしいことであり、さっさと呪縛を解いてほしいものだが、凱旋門賞が世界最高峰だと夢を抱く競馬ファンにとっては、やはり3冠馬のような名馬で優勝するのがベストストーリーという心理があるだろう)。そこで、日本競馬における凱旋門賞挑戦の意義を考えておきたい。

 広く知られたことではあるが、凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場の芝は重く、この時期は降雨によって更に重くなることもあり、日本の軽い芝とは求められる適性が異なる。このため、大抵の日本馬はスタミナ切れを起こして直線で伸びきれない。一方、凱旋門賞を好走した馬は重い馬場に適性があるので、日本のジャパンカップ(JC)に挑戦すると速い流れや高速馬場に対応できず、速い上がりについていけない。過去、凱旋門賞優勝馬でJCに挑戦し、優勝した馬がいない事実がそれを物語っている。世界最高峰だからと言って、凱旋門賞を勝った馬がすなわち世界最強馬ではないのである。(ちなみに、英国のキングジョージⅥ&QES優勝馬にもJC優勝はない)

(参考1)凱旋門賞優勝馬のJC挑戦

ソレミア(2012凱旋門賞1着、2012JC13着)
デインドリーム(2011凱旋門賞1着、2011JC6着)
バゴ(2004凱旋門賞1着、2005凱旋門賞3着、2005JC8着)
モンジュー(1999凱旋門賞1着、1999JC4着、2000凱旋門賞4着)
エリシオ(1996凱旋門賞1着、1996JC3着、1997凱旋門賞6着)
アーバンシー(1993凱旋門賞1着、1993JC8着)
キャロルハウス(1989凱旋門賞1着、1989JC14着)
トニービン(1987凱旋門賞2着、1988凱旋門賞1着、1988JC5着)

(参考2)JC3着以内馬の凱旋門賞成績

ウィジャボード(2004凱旋門賞3着、2005JC5着、2006JC3着)
ファルブラヴ(2002凱旋門賞9着、2002JC1着)
ファンタスティックライト(1999凱旋門賞11着、2000JC3着)
ハイライズ(1998凱旋門賞7着、1999JC3着)
ピルサドスキー(1996、1997凱旋門賞2着、1997JC1着)
ランド(1995凱旋門賞8着、1996凱旋門賞4着、1996JC1着)
ストラテジックチョイス(1995凱旋門賞14着、1996JC3着)
ディアドクター(1992凱旋門賞10着、1992JC3着)
ゴールデンフェザント(1989凱旋門賞14着、1991JC1着)
マジックナイト(1991凱旋門賞2着、1991JC2着、1992凱旋門賞13着)
カコイーシーズ(1989凱旋門賞16着、1990JC3着)
ジュピターアイランド(1985凱旋門賞8着、1986JC1着)
エスプリデュノール(1983JC3着、1984凱旋門賞4着、1985JC11着)
オールアロング(1982凱旋門賞15着、1982JC2着、1983凱旋門賞1着、1984凱旋門賞3着)
エイプリルラン(1981凱旋門賞3着、1982凱旋門賞4着、1982JC3着)

 JCで馬券に絡んだ外国馬の戦績においては、凱旋門賞を惨敗しているケースも多い。JCへの挑戦が結果をもたらさない歴史を鑑み、戦績に傷をつけてしまったり、硬い馬場で故障させたくないという考えがあるのだろう、近年では、欧州からJCに挑戦してくる実績馬が減少してしまった。合理的に考えれば、その選択は正しいのだろう。その一方で、日本の競馬関係者たちは適性の違いを理解しつつ、ストイック(あるいは無謀?)に挑戦を続けているのである。競馬の発祥地である欧州の、歴史・伝統・文化がそのような憧れを抱かせるのかもしれない。

 しかし、この試みは歴史の蓄積により、次のような仮定を生んだとは言えないか。すなわち、「適性の全く異なる、凱旋門賞とJCのいずれも好走した馬は、より世界最強馬と呼ぶにふさわしい」というものである。凱旋門賞とJCをいずれも好走(両方連対または1着と3着(入線を含む))している馬を抽出してみると僅かに7頭しかおらず、日本の歴史的名馬が含まれるのだ。

(参考3)凱旋門賞もJCも好走している馬

オルフェーヴル(2012凱旋門賞2着、2012JC2着、2013凱旋門賞2着)
ディープインパクト(2006凱旋門賞3位入線、2006JC1着)
エルコンドルパサー(1998JC1着、1999凱旋門賞2着)
ピルサドスキー(1996、1997凱旋門賞2着、1997JC1着)
エリシオ(1996凱旋門賞1着、1996JC3着、1997凱旋門賞6着)
マジックナイト(1991凱旋門賞2着、1991JC2着、1992凱旋門賞13着)
オールアロング(1982凱旋門賞15着、1982JC2着、1983凱旋門賞1着、1984凱旋門賞3着)

 日本競馬において、凱旋門賞勝利は悲願であるが、ゴールではない。もし、達成をしたらJCとのダブル優勝を目標にしてほしい。これは正真正銘の快挙となるだろう。そして、凱旋門賞を勝っている外国馬には敬意を払いつつもおそれ入ることはなく、日本のJCも勝たなければ世界最強馬とは認めないと言えばよいのだ。

 もちろん、JCにも課題はある。近年、実績のある外国馬の挑戦が減少し、日本馬が上位を独占することが珍しくなく、90年代までのような、世界の実績馬との激突という華のあるJCではなくなってきていることだ。運営者には実績に応じた賞金ボーナスを再び増額するなど、招致のための工夫を考えてほしい(海外の馬は優勝することを目標に来日するのだから、2着、3着へのボーナスはなくし、1着へのボーナスに集約したほうが良いのではないか)し、関係者や競馬ファンは、海外レースばかりを上に見ることなく、JCの重要性を再認識してほしい。過去の優勝馬(例えば、シンボリルドルフ、トウカイテイオー、エルコンドルパサー、ディープインパクト)と人気で敗れた馬(ミスターシービー、オグリキャップ、メジロマックイーン、ナリタブライアン、シンボリクリスエス)を比較するに、最強馬を語る上でJCの優勝(あるいは、凱旋門賞と両方での好走)はそれなりに重要と思われるから。

 この文章を書いていて思い出されるのは、かつでの国内最強馬であったテイエムオペラオーのことである。2000年はまだ大成途上であり、当時の環境で海外遠征するのは難しかっただろうし、2001年の凱旋門賞にはサキーがいたから、挑戦していても勝つのは難しかったと思うが、オペラハウス産駒で、馬場適性や勝負根性のあったこの馬に挑戦してもらいたかったものだ。2000年にこの馬が達成した、古馬中長距離王道G1全勝を含むG2以上8勝・年間無敗の金字塔は偉大だが、国内にライバルがいなくなったにもかかわらず海外に挑戦しなかったことがファンの心象を悪くしたのではないか。当時は国内に専念することが経済的に合理的と思われたが、海外G1を勝利し、種牡馬としての価値が海外で認められていれば、この馬を取り囲む環境も、全く違うものになっていたのではないか。色々と思索してしまうが、間違いがないのは、難しいと思われる挑戦やより強い相手と戦う姿勢は、ファンの心に響くだけで有意義であるということだ。関係者には、引き続き積極的な挑戦に期待したい。

2014年10月11日