1.経緯

 2012年11月29日、総額28億円もの馬券を購入して1億円を超す利益を得ていたが所得を申告せず、2007~2009年に約5億7000万円を脱税したとして、大阪市の会社員が所得税法違反で大阪地裁に起訴されることとなった(注1)。
 また、告発に至っていないが、自作予想ソフトを開発し、馬券により生計を立てた者が、青色申告会に相談し、所轄税務署の了承も得た上で、2008~2010年の収益を事業所得で確定申告を行っていたものの、2011年8月に国税の税務調査により一時所得として修正申告(数千万円の追徴課税)するよう指示を受け、それを不服として現在も係争中という事案が発生している(注2)。
 いずれも、銀行口座を通じた外れ馬券の購入額を控除できるはず(注3)と訴えており、さらに後者は、競馬の常連であることから馬券の買入金の合計額を控除できること(注4)や、毎週相当額の金額を購入して生計を立てていることからそもそも一時所得に該当しない等と主張している。
 競馬の馬券の払戻金は、国税庁により一時所得の例とされており(注5)、年間に払い戻しを受けた金額から、当該払い戻しを受けるために直接要した馬券代を控除した金額から50万円を引いた金額が正の場合に課税対象となる(注6)。ただし、この時の「直接要した馬券代」とは、的中馬券に投じられた金額であり、外れ馬券は控除できないものとされている(注7)。
 実質的な損益通算が認められないことから、年間にある程度の金額(注8)で競馬を楽しんでいる多くの馬券購入者は、純利益の有無・多寡に関わらず多額の税金が発生し、法的リスクにさらされている。確定申告を自発的にする者は滅多におらず、税当局側も調査が困難であることから、メディアに露出する芸能人等の一部を除き、現時点で不問に付されているだけというのが実態である。

2.検討及び提案

 裁判所の判断が注目されるところだが、国税当局の主張が認められれば、その影響は馬券生活者の一掃にとどまらない(馬券生活者を認めないという考え方はあってもおかしくはないが)。大口の馬券購入者の撤退は免れないと考えられるが、払い戻し前に控除されている国庫納付金(注9)が減少してしまえば、国税当局としてもプラスにはならない可能性がある(注10)。
 また、払い戻し前に税金となる金額が控除されているにもかかわらず、一時所得による課税がなされるのは、二重課税ではないかという印象を与える(注11)。従来以上の法的リスクが一般の競馬愛好家にかかれば、このようなグレーゾーンを嫌う者は馬券購入をやめてしまうおそれがある。
 更に、競馬を取り巻く環境として、偽造の的中馬券により実績を宣伝したり、インサイダー情報等を語って高額の予想を販売する等といった、いわゆる悪徳競馬予想業者の存在があるが、彼らに予想情報を販売する動機と予想情報を公開できないことの口実を与えてしまうと考えられる(注12)。
 悪徳競馬予想業者は、消費者保護の観点及び競馬界の健全な発展のために排除する必要があるが、詐欺に騙される消費者を減らし、より消費者の自己責任を問うためには、業者に対して、予想の一部公開等の情報開示を促していく環境の整備が今後望まれるが、その方向に逆行してしまう(公開する者が法的リスクを負うことになる)。
 競馬の馬券は趣味・娯楽に伴い購入されるものであるため、株やFXのような損益通算が認められることは難しいかもしれないが、宝くじの当せん金には所得税がかかっていない(注13)ことから、競馬についてもそのような対応ができるのではないか。
 日本の競馬文化をより良い方向に発展させていくためには、上記のおそれを回避するための税制改正を行う必要があると考える。

以上

(注1)リンク切れ
(注2)http://povertyx.blog37.fc2.com/
(注3)2000年頃から、PAT(インターネットや携帯電話)を利用した、銀行口座を通じた馬券購入が可能となっている。
(注4)国税庁のHPにある「いわゆる金融商品の損失等を巡る課税上の問題」と言う論文の抜粋で. 下記URLの475ページ、注釈311に次のように書かれていること。http://www.nta.go.jp/ntc/kenkyu/ronsou/41/sakai/ronsou.pdf
(311)ただし、旧所得税基本通達149においては、個別対応計算を原則としつつも、競輪、競馬の常連については、その年中における車券、馬券の買入金の合計額を控除しても妨げないとする処理を認めていた。
(注5)http://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1490.htm
(注6)http://www.zeikin-taisaku.net/2008/03/post_158.html
(注7)所得税法に「収入を生じた行為のために直接要した金額」と規定されていることが根拠であるが、外れ馬券を直接要した金額に含められないのは、外れ馬券を集めてきて控除を求められることを避ける意図があったとされる。
(注8)回収率が75%の場合、67万円程度の年間購入額で50万円超の払い戻しを生じる。また、報道にある「検察側や国税当局の運用に沿った場合、当たり馬券購入額を差し引いた金額が年間で90万円以上だと申告義務が生じる」というのが事実であれば、120万円程度の年間購入額で90万円以上の払い戻しを生じる。
(注9)勝馬投票された金額から控除された約25%のうち10%が国庫に納付される。これを第1国庫納付金という。残りの15%を中央競馬の運営に充てるが、この中から、さらに剰余金が出た場合には、その2分の1が国庫に納付される(第2国庫納付金)。日本中央競馬会法では、この納付金の4分の3相当額を畜産振興事業に、また4分の1相当額を社会福祉事業の充実に充当することを義務づけている。
(注10)競馬以外の公営ギャンブル及びパチンコ等についても同様の事態が発生する。
(注11)平成20年に訴訟が開始された所得税更正処分取消請求事件について、平成22年7月6日に、最高裁において、生命保険金を年金払いで受け取る際、相続税と所得税が二重に課税されているとして、所得税の課税を取り消すとの判決が出された。今回の事案も同一発生事由に対する二重課税として争点になりうるのではないか。http://www.netlaw.co.jp/topics/topics_020.html
(注12)予想情報を売ることの動機を、自身の購入額が税金の関係で制限されるから等とし、また、予想情報を公開できない理由を税金がかかってしまうため等とすることが容易に考えられる。
(注13)宝くじの当せん金については、当せん金付証票法第13条に、「当選金付証票の当選金品については、所得税を課さない」と規定されている。

2012年12月01日